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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)11571号 判決 1985年8月26日

原告

丸紅株式会社

右代表者

西尾知

右訴訟代理人

小風一太郎

被告

新和海運株式会社

右代表者

木村一夫

右訴訟代理人

平塚眞

錦徹

細井為行

津留崎裕

杉山繁二郎

右訴訟復代理人

秋山和幸

被告補助参加人

国際海運株式会社

右代表者

鄭秀文

右訴訟代理人

石井萬里

佐野稔

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七五七〇万五七五七円及びこれに対する昭和五六年一〇月一三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

原告は、商品の売買及びその輸出入等を業とする株式会社であり、被告は、海運を業とする株式会社である。

2  運送契約

荷送人たる原告は、運送人たる被告に対し、昭和五五年六月三日、山形鋼三一七四・三一六メトリックトン(以下「本件山形鋼」という。)を東京港から英国イミンガム港までの海上運送を依頼し、被告はこれを承諾した(以下この契約を「本件運送契約」という。)。

3  本件山形鋼の運送

被告は、本件運送契約に基づき、昭和五五年八月四日から同月六日にわたつて、本件山形鋼を傭船した補助参加人所有のモーター船ブラザー・スター号(以下「本船」という。)の三番及び五番船倉に船積し、本船は、同月六日、東京港を出港し、同年一〇月五日、英国イミンガム港に到着した。そして、本件山形鋼は、同月八日から同月一四日にわたつて荷揚された。

4  本件山形鋼の損傷

荷揚された本件山形鋼には、船積時における鋼材として有する通常の錆の他に、吹出物のように腐食した甚だしい赤錆等(以下「本件損傷」という。)が発生していた。

5  本件損傷の原因

本件損傷の原因は、本件山形鋼が積み込まれた本船の三番及び五番船倉内に存在した前の航海の貨物であつた燐灰石の残留粉末によつて、本件山形鋼が腐食されたことによるものである。

6  損害

本件損傷によつて原告が蒙つた損害は、次のとおりである。

(一) 減価損金一四万一五三ポンド一二ペンス

原告は、次の四社に対し、昭和五五年五月ころ、本件山形鋼のうち、それぞれ次の量を、代金は一メトリックトンあたり金二〇〇ポンドで、引渡の翌月末日払、買主の代金完済まで原告に所有権を留保する約定で売却した。

(1) 買主シー・ブラウン・アンド・サンズ(スチール)リミテッド(以下「シー・ブラウン」という。)。売却量二七二五・九六八メトリックトン、代金五四万五一九三ポンド六〇ペンス

(2) 買主ジェームズ・アンド・タットン・リミテッド(以下「ジェームズ」という。)。売却量二三九・〇二七メトリックトン、代金四万七八〇五ポンド四〇ペンス

(3) 買主ハワード・イー・ペリー・アンド・カンパニー・リミテッド(以下「ハワード」という。)。売却量一〇八・二八メトリックトン、代金二万一六五六ポンド

(4) 買主オール・スチールズ・リミテッド(以下「オール・スチールズ」という。)。売却量九八・七九六メトリックトン、代金一万九七五九ポンド二〇ペンス

(以上合計売却量三一七二・〇七一メトリックトン。合計代金六三万四四一四ポンド二〇ペンス)

しかし、本件山形鋼の本件損傷のため、各買主に受領を拒絶され、交渉の結果、原告と各買主は、昭和五五年一一月二七日、次のとおり、合計金一四万一五三ポンド一二ペンスを値引する旨を合意して、同日、本件山形鋼は、各買主に引き渡された。

(1) シー・ブラウンに対し、金一三万九八七ポンド八七ペンス

(2) ジェームズに対し、金一六一三ポンド四二ペンス

(3) ハワードに対し、金四〇七五ポンド五六ペンス

(4) オール・スチールに対し、金三四七六ポンド二七ペンス

(合計代金四九万四二六一ポンド〇八ペンス)

(二) 金利損金七九九三ポンド六三ペンス

原告は、昭和五五年一二月末に前項の値引後の金員を受領したが、本件損傷がなければ、本来の本件山形鋼の引渡の翌月末日である昭和五五年一一月末日に金六三万四四一四ポンド二〇ペンスを受領できたものであるから、これに対する一か月分の金利(昭和五五年一二月英国市中銀行貸出標準金利年率一五・一二五パーセントの一二分の一である一・二六パーセント)相当額金七九九三ポンド六二ペンスの損害を蒙つた。

(三) 倉庫料及び入出庫賃金一万一七六四ポンド五四ペンス

原告は、本来、本件山形鋼を各買主に発送すれば足りたのであるが、本件損傷のため、各買主に受領を拒絶されたため、これらをイミンガムのハンバーサイド・シー・アンド・ランド・サービス社の営業倉庫に寄託せざるを得なくなり、その倉庫料及び入出庫賃として金一万一七六四ポンド五四ペンスを支出した。

(四) 検査料金一一七五ポンド一四ペンス

原告は、本件損傷の有無、程度を査定するために、海事検査人(サーベーアー)に対し検査(サーベー)を依頼せざるを得なくなり、その費用として金一一七五ポンド一四ペンスを支出した。

(五) 写真代金二七四ポンド八五ペンス

原告は、本件損傷を明らかにするための写真代として、金二七四ポンド八五ペンスを支出した。

(六) 化学分析料金二二三ポンド一〇ペンス

原告は、本件山形鋼に発生した錆の成分調査のための化学分析費用として、金二二三ポンド一〇ペンスを支出した。

(七) 見本送付代金二四ポンド六七ペンス

原告は、本件山形鋼に発生した錆の化学分析のための見本送付代として、金二四ポンド六七ペンスを支出した。

以上(一)ないし(七)の合計金一六万一六〇九ポンド四ペンスを、原告が被告から英国イミンガムにおいて本件山形鋼の引渡を受けた昭和五五年一〇月の為替相場である一ポンド当り四九三円に換算すると、金七九六七万三二五六円となる。

7  よつて、原告は、被告に対し、国際海上物品運送法(以下「法」という。)三条一項、二〇条二項、商法五八一条に基づき、前記原告の蒙つた損害のうち金七五七〇万五七五七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一〇月一三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告)

1 請求の原因1ないし3(当事者、運送契約、本件山形鋼の運送)の各事実は認める。

2 同4(本件山形鋼の損傷)の事実中、本件山形鋼に船積前から鋼材に通常生じる錆が存在していた事実及び本件山形鋼の一部に船積後、暗色の泡状の錆が発生した事実は認めるが、その余は否認する。

本件山形鋼に発生した泡状の錆は、いずれも表面上のものでブラシをかけることによつて容易にとれるものであつた。

3 同5(本件損傷の原因)の事実中、本船の三番及び五番船倉内に前の航海の貨物であつた燐灰石の残留粉が存在していた事実は認めるが、その余は否認する。

本件損傷の原因は、本件山形鋼のうちの損傷を受けたものについて、船積時において、若干の湿気が存在していたことにある。

原告は、船倉内の残留燐灰石粉による化学的腐食が本件損傷の原因であると主張するが、本件山形鋼には燐灰石粉は付着しておらず、かつ、船倉内の燐灰石粉は乾燥しており、燐灰石粉は乾燥状態では腐食性を有しないのであるから、原告の右主張は失当である。

4 同6(損害)の事実は知らない。

同6(一)の原告と英国内の買主らとの間の本件山形鋼の売買契約は、輸出前には確定的に締結されていなかつたのではないかと疑われるうえ、原告主張の減価損は、原告の取引上の思惑はずれによる期待利益の損失であつて、これを運送人である被告に転嫁することはできない。

三  抗弁

(被告の無過失)

本件損傷の原因が船積前に本件山形鋼に存在した湿気にある以上、被告に責任はないが、仮に本件損傷の原因が本船の船倉中の凝結にあるとしても、八月及び九月に日本から東シナ海、インド洋及びスエズ運河を経て英国まで航海する場合、高湿度下で温度変化にさらされるため、結露は不可避的なものであつて、凝結によつて錆を生ずることは、鋼という貨物の固有の性質であり、法四条二項九号に規定する「運送品の特殊な性質」に該当するから、運送人である被告は、本件損傷について責任を負わない。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求の原因1ないし3(当事者、運送契約、本件山形鋼の運送)の各事実は、当事者間に争いがない。

二次に、請求原因4(本件山形鋼の損傷)について検討する。

本件山形鋼には、船積前から鋼材に通常生じる錆が存在していた事実及び船積後に本件山形鋼の一部に泡状の錆が発生した事実は、当事者間に争いがない。

三そこで、運送人たる被告の責任が問題となりうる右船積後に本件山形鋼に発生した泡状の錆(以下「本件泡錆」という。)の原因について検討する。

1  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  東京港における本件山形鋼の本船への積込みは、原告が依頼した荷役会社である毛塚運輸が、昭和五五年八月四日から六日にかけて行つたが、同月四日の荷役作業中、降雨があり、その間、本件山形鋼の一部を積んだ艀は、カバーをかけた状態で、本船の両サイドで待機していた。

(二)  本船は、前の航海で燐灰石を貨物として積み込んでおり、掃除は一応されていたものの、三番及び五番船倉の側壁及び隔壁(仕切り板)には、燐灰石粉が依然、膜状に付着し、右船倉の床の部分(タンクトップ)にも、極く少量、付着していた(本船の三番及び五番船倉内に燐灰石粉が残留していた事実は当事者間に争いがない。)。

(三)  本船の三番船倉に、本件山形鋼のうち一一七二束(一五三六・七メトリックトン)が、すでに木更津港で積み込まれていた積荷の熱延鋼板の上に、木の荷敷材を置いて、船倉の側壁及び隔壁から離して積み込まれ、また、本船の五番船倉に、本件山形鋼のうちの残りの一〇七三束(一六三七・七メトリックトン)がすでに君津港で前部及び後部隔壁に沿つて積み込まれていた熱延コイルの間のタンクトップ上に、荷敷材を置いて、側壁及び隔壁から離して積み込まれた。

(四)  次に、三番船倉内の右本件山形鋼一一七二束の上には、神戸港において、プラント機械入りの箱が積み込まれ、五番船倉内の右本件山形鋼一〇七三束の上には、横浜港及び神戸港において、自動車組立部品の箱が積み込まれたが、神戸における貨物の最終積込後、三番及び五番船倉の貨物に燐灰石粉が付着しないように、ポリエチレンシートがかけられ、本船は、昭和五五年八月一二日、神戸港を出航した。

(五)  本船は、昭和五五年一〇月五日、英国イミンガム港に到着したが、本船の船主責任相互保険組合のための検査人L・ケネディ(マックスオースランド・アンド・ターナー社所属)及び被告のための検査人M・C・アレクサンダー(ビューロー・マリタイム社所属)は、同月六日、本船の貨物荷揚開始に先立ち、本船の各船倉の検査を行つた。その際、右L・ケネディは、三番又は五番船倉内で本件泡錆が発生した本件山形鋼の束の近くの束は正常であり、本件泡錆は本件山形鋼全体に一様に発生したものでないことを確認した。

原告のための検査人B・J・ドラカップ(マルコーム・シェパード社所属。ただし、同人は、当初は、本件山形鋼の保険を負担する会社のための保証人として、同月七日、検査を行つたが、その後、保険が分損不担保であることが判明したため、保険会社のための検査人をやめて、直接、原告のための検査人を引受けた。)は、同月八日、九日、一〇日及び一三日の本件山形鋼の荷揚に立ち合い本船の三番及び五番船倉内の状態を検査すると共に、本件山形鋼のすべての束を右船倉内又は、路面運搬車への積込み中において、検査した。

本船の船主責任相互保険組合のための検査人ジョン・H・バーソン(パーフェクト・ランバート社所属)は、同月一四日、本船の三番及び五番船倉の状態を検査したが、船倉の側壁及び隔壁に膜状に付着していた燐灰石粉は乾燥しており、水漏れ又は凝結があつたことを示す水滴の流れた跡は発見されなかつた。更に、同人は、五番船倉内に残つていた本件山形鋼の一部の束を検査し、その後、原告ロンドン支店の従業員アラン・エンブリンと共に、イミンガムのハンバーサイド・シー・アンド・ランド・サービス社所有の倉庫に保管されていた他の本件山形鋼の束を検査した。

(六)  右四名の検査人は、同月一六日、本件山形鋼が保管されている右倉庫において、本件山形鋼に生じた錆の原因及び錆による損害の程度を確定するため、合同で本件山形鋼の詳細な検査を行い、相互に討論したが、全検査人は、少なくとも次の各事実を確認していた。

(1) 船倉内に浸水は認められず、各検査員の行つた本件山形鋼に対する無作為抽出法による硝酸銀テスト(塩分テスト)は、無反応であつた。

(2) 三番船倉の本件山形鋼一一七二束の下に積み付けられた熱延鋼板の二段目と三段目との間には、少量の水溜りがいくつか存在し、右二段目と三段目との間に用いられた荷敷材の木材は湿つていたが、その余の熱延鋼板、三番及び五番船倉に積み込まれた本件山形鋼、その荷敷材及び貨物にカバーをするために用いられたポリエチレンシートに水分はなく、三番及び五番船倉のタンクトップは完全に乾いていた。

(3) 三番及び五番船倉内の側壁及び隔壁に膜状に付着していた燐灰石粉は完全に乾燥して粉末状であり、それには凝結があつたことを示す水の流れの痕跡がなく、本件山形鋼には燐灰石粉による汚染は発見されなかつた。

(4) 本件山形鋼のうち、一番上に積まれた束には、鋼として通常の大気による錆のみが存在するのみで、泡状の錆はなく、また、本件山形鋼上には、水漏れ又は凝結(汗漏れ)が発生したとすれば通常明らかに出る特徴的な錆のパターンがなかつた。

(七)  その後、原告から錆が発生した本件山形鋼の試料の検査を依頼されたR・H・ハリー・スタンガー社は、右試料の表面の成分確定のため、エックス線照射による定性分析をしたところ、すべての試料は、鋼の合金成分として少量のアルミニウム、ケイ素、カルシウムの種々の含有度を示すと共に一つの試料にのみ、その他に少量の硫黄及び塩素の含有を示すにとどまり、右スタンガー社は、燐灰石粉が、本件山形鋼の錆の原因であるとの結論を示さなかつた。

2  ところで、原告は、本件泡錆の原因は、船倉内の燐灰石粉による化学的腐食にあると主張し、〈証拠〉(検査報告書)、〈証拠〉(いずれも分析証明書)には、原告の右主張に沿うかのような記載がある。

しかし、証人本田協弘の証言によれば、甲第三号証の作成者である同人は、格別の化学分析についての知識を有する者ではなく、また、同人は錆が発生した本件山形鋼を調査したわけではなく、単に東京港での本件山形鋼を船積する際に、観察した事実のみに基づいて、同号証を作成した事実が認められるのであつて、同号証の結論部分の「荷揚時に発見された穿孔のある錆の発生は、本船船倉内の粉状残留物との化学反応が錆の急速な進行を引き起こした結果であると考える」旨の記載は、確実な資料に基づかない一つの推論にとどまるものというべきであり、これをもつて、原告の右主張を肯認する証拠とすることはできない。

また、甲第四号証(昭和五五年一二月一一日付分析証明書)及び甲第五号証(昭和五六年二月二〇日付分析証明書)によれば、本件山形鋼の錆が問題となつてから相当の日数が経過したと思われる時期に、原告が日本海事検定協会に対し、化学分析を依頼した本件山形鋼の錆の試料から燐灰石の成分が検出された事実が認められるものの、分析の対象物が本件山形鋼に発生した錆であることを認めるに足りる的確な証拠がないのみならず、仮に、同号証から燐灰石粉が本件山形鋼に付着していたことが認められるとしても、〈証拠〉を総合すれば、燐灰石粉は乾燥状態では腐食性を有しないことが認められるところ、前記1において認定したとおり、三番及び五番船倉内の燐灰石粉は全くの乾燥状態であつたのであるから、本件泡錆が船倉内の燐灰石粉によつて腐食されたと認めることは困難であり、結局、甲第四及び第五号証から直ちに原告の右主張を肯認することはできない。

3  また、原告のための検査人B・J・ドラカップが作成した前掲甲第六号証の一(荷揚検査報告書)には、船倉内の凝結を本件泡錆の原因であるとする旨の記載がある。

しかし、三番及び五番船倉の側壁及び隔壁に膜状に付着していた燐灰石粉は乾燥状態であつて、凝結(汗漏れ)によつて生じる水の流れ等の痕跡が発見されなかつたのは前記1認定のとおりであり、更に、〈証拠〉を総合すれば、凝結は通常、同一船倉内全部にわたつて発生することが認められ、したがつて、もし凝結があつたのであれば、本件山形鋼全体に本件泡錆が発生するものと解されるところ、本件泡錆が本件山形鋼の一部にのみ、一定のパターンなく発生し、船倉内で本件泡錆が発生したある束の近くの束が正常であつたことは前記1認定のとおりであり、これらの事実に徴すると、本件泡錆の原因を船倉内の凝結とする甲第六号証の結論には俄かに左袒することができない。

4 以上のように、原告主張の本船船倉内に残留していた燐灰石粉が本件泡錆の原因であることを認めるに足りる証拠はなく、更に本船船倉内の凝結をその原因であることを認めるに足りる証拠もなく、その他、本件山形鋼が本船に船積された後に発生した原因によつて本件泡錆を生じたと認めるに足りる証拠はない。

そして、本件泡錆の原因が、本件山形鋼を本船に積み込んだ後に発生したものと認めることができない以上、結局、証人ジョン・H・バーソンの証言及び前掲丙第一号証記載のとおり、すでに船積時において発錆した本件山形鋼に存在した湿気が、錆を進行させて、本件泡錆を発生させたと考えるのが合理的である(東京湾での本件山形鋼の積み込みの際、本件山形鋼を積んだ艀が、降雨時に、カバーはかけられてはいたものの、本船の両側で待機していたことは前記1認定のとおりであり、それが本件山形鋼に湿気を持ちこんだのではないかと思料される。これに対し、証人本田協弘は、本件山形鋼の束は、東京湾での船積時には乾燥していた旨証言するが、同人の証言によれば、三日間にわたる船積の際に、積付の状況等を一日に一回チェックする程度であつた事実が認められるのであつて、前記証言は、積み重ねられた本件山形鋼のすべての束をもれなく調査したうえでのものではないと解され、船積前において本件山形鋼に湿気が存在していた事実を否定するには十分ではない。)。

四右に述べたように、原告主張の本件泡錆の原因が本船船倉内に残留した燐灰石であることを認めるに足りる証拠はないのであるから、運送人である被告が本件山形鋼を燐灰石の残留した本船の船倉に積み込んで運送したことと本件泡錆の発生との間に因果関係を認めることはできず、その他、本件泡錆が船積後に発生した原因によつて生じたと認めるに足りる証拠がないのであるから、本件損傷が被告の運送に関する債務不履行によつて生じたものと認定することはできないので、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

五よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉崎直彌 裁判官萩尾保繁 裁判官白石 哲)

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